がんもアルツハイマー病も制圧可能

 伊勢雅臣氏による「国際派日本人養成講座」に、「世界一の長寿大国から世界一の健康長寿大国へ」という本ブログが最近主張している「呆けずに
100まで、理念と実践」にとって極めて参考になる資料があった。長文なので2回に分け、要約して紹介しコメントする。



 『ハーバード大学医学大学院デビッド・A・シンクレア教授による『
LIFESPAN(ライフスパン)』にこんな一節がある。「日本で今日生まれた子どもの半数は107歳以上生きる。アメリカの場合は104歳以上だ」。

 シンクレア教授は、老化の研究では世界的権威であり、この本には現在、進行中の医療革命に向けた研究が山盛りで紹介されている。医療革命は研究者の仕事だが、それを現実の社会に生かし、どのように暮らしに実現するかは、国民の責務である。


 たとえば、寿命が20年ほど伸びても、寝たきりの期間も延びたら、年金も医療制度もパンクして、極貧の中で暮らすことになる。逆に医学革命の成果を生かして、100歳まで第二、第三の人生を謳歌し、それに適合させた年金、医療体制の恩恵を享受できたら、それこそ「夢と希望の長寿社会」だ。どちらを選ぶかは、国民の智慧と意思の問題だ。



 まず高齢者の死因のトップを占めるがん。高齢者の増加に伴って、がんによる死亡数は増加し続けている。しかし、がんの治療技術自体は進歩しており、特に「過去10年間になされた飛躍的前進のなかで、とりわけ有望」とシンクレア教授が評価するのが、日本の本所佑(たすく)教授がノーベル生理学・医学賞を受賞した「がん免疫療法」である。

 免疫細胞の一種であるT細胞はつねに体内を巡回し、不良細胞を見つけては、それが増殖して腫瘍になる前に死滅させている。ところが、不良がん細胞は、T細胞の目を欺く「かくれみの」を持っていて、攻撃から逃れている。「がん免疫療法」ではある薬剤を投与し、それががん細胞表面のタンパク質を結合して、その隠れ蓑を剥がしてしまう。これによってT細胞ががん細胞を攻撃して退治する、というのである。

 

また高齢者特有の病気として、認知症をもたらすアルツハイマー病がある。認知症がひどくなると、散歩に出ても帰り道が分からなくなる。家族の顔も分からなくなる。2020年には有病者は、65歳以上の6人に1人で約602万人。この認知症が高齢者の自立を妨げ、介護を必要とさせる。

 アルツハイマー病の原因は、脳内にアミロイドβなどの「ゴミ」が蓄積する事が原因である。このゴミは常時発生しているが、通常では睡眠などで消滅する。しかし、加齢に伴いゴミ処理能力が衰えると、未処理分が蓄積し始め、15年も経つと症状が出る。それならば、早い段階でゴミ処理能力をもった治療薬を投与することで、認知症を予防できる。すでに基礎研究は進んでおり、これからハイペースで成果が出てくる可能性がある。

進む「若返り」の研究

 シンクレア教授自身の研究で革新的なのは、これらの個々の病気ではなく、いろいろな病気を起こさせやすくしている老化のメカニズムそのものを明らかにしている点である。それによると、人間は様々な「長寿遺伝子」を持っており、その一つにサーチュイン酵素がある。この酵素は人間のDNAがいろいろなストレスを受けて損傷を受けた時に、修復する機能を持っている。一定レベル以上のストレスを受けると、サーチュイン酵素が働き出して、損傷の修復を始める。

 マウスを使った研究からは、サーチュイン酵素を活性化することでDNAの修復が進み、記憶力が向上し、運動持久力が高まり、何を食べてもマウスが太りにくくなるという。ストレスのない安楽な生活をしていると、サーチュイン酵素は働かず、老化が進む。適度なストレス、すなわち断食、運動、暑さ寒さなどによって、サーチュイン酵素が活発に働き出し、DNAの損傷を積極的に修復して、若々しさを保つ。このプロセスが解明されると、老化を遅らせる方法も見えてくるという。

 京都大学の山中伸弥教授がノーベル賞を受賞したiPS細胞の研究も「若返り」に大きく貢献しそうだ。iPS細胞とは未熟な、分化前の細胞。成熟した細胞をもとのiPS細胞に「初期化」して、そこから別の種類の細胞に成長させて、移植用臓器を作る、という研究である。この技術を老化した細胞に適用して、DNAの「初期化」によって、もとの若々しい健康な細胞に戻す、という「若返り」の研究が進んでいる。

 健康寿命を伸ばすことが、高齢化諸問題解決の鍵

 しかし、こうした医療革命ですぐに健康な老後が過ごせるというわけにはいかない。平均寿命は107歳になっても、「健康寿命」は別の話。健康寿命とは、平均寿命から寝たきりや認知症など介護が必要な期間を差し引いた、「自立した生活ができる期間」のことである。

『令和2年版高齢化社会白書』によれば、平成28(2016)年の女性の平均寿命は87.14歳だが、健康寿命は74.79歳。その差である12.35年が介護必要期間。つまり人生の最後に12年以上も介護が必要な期間が続くのである。同様に、男性の方は平均寿命80.98歳、健康寿命72.14歳、介護必要期間は8.84年である。

 医療革命でがんやアルツハイマーの死亡率が下がっても、高齢者の生活を阻害する病気は様々である。たとえば脳卒中で半身不随になると寝たきり生活を余儀なくされるし、骨粗しょう症で骨が脆くなり、転倒骨折で立つこともできなくなる。こうした様々な原因で、平均寿命は伸びても、ただちに健康寿命も伸びるとは限らない。

 たとえば、女性の平均寿命が107歳と現在より20年伸びても、健康寿命が15年しか伸びなかったら、介護期間は5年長くなり、現在の12年が17年と1.4倍に伸びるわけで、それに比例して介護が必要な高齢者数も1.4倍になってしまう。
 

こうなると、鍵はいかに健康年齢を伸ばすか、ということになる。平均寿命が107歳になっても、健康寿命が100歳になれば、介護必要期間は7年と、現在の12年の6割以下となる。それによって、要介護者数も大幅に減り、介護費用も減る。家族の介護のために仕事を辞めなければならない人も減る。

 また100歳まで働きたい人が元気で働けるようになれば、その分の年金支払いも減り、逆に税金も納めてくれるようになる。高齢化が進んでも年金のパンクも防げるし、政府の財政もゆとりが生まれる。高齢化社会の問題として懸念されるほとんどは、健康年齢の伸長で克服できるのである。』続く